教えてQ&A

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おやつは江戸時代にもありましたか?

Q :

おやつは江戸時代にもありましたか?

の質問に対して答え合わせしてみよう!

A : a

「おやつ」という言葉を聞くと思わず頬が緩みますよね。

お菓子や軽食をとりながらのひと休みは、

心がほっとするひとときです。

主に、午後3時ごろに摂る間食のことを

「おやつ」といいます。

現代では、時間に限らず、

間食やお菓子をさして

「おやつ」といっていますが、

どうして間食のことを

「おやつ」というようになったのでしょう。

おやつという言葉ができたきっかけは、

江戸時代の時間の区分で、

今の午後2時から午後4時ごろにあたる時間を

「八つ刻(やつどき)」と言っていました。

江戸時代中期頃までは一日二食だったため、

「八つ刻(やつどき)に小昼(こびる)」

といって間食をしたことから、

この時間の間食のことを

「おやつどき=おやつ」というようになりました。

八つ刻に間食をとることで、

体力を持続させていたのです。

次第に、時間を問わず間食のことを

「おやつ」というようになったといいます。

b

江戸時代のおやつは何か?

江戸っ子たちは米からつくられる餅や団子のほか、

大福や金鍔(きんつば)など

小豆餡のおやつを八ツどきに食べていたのだそうです。

八ツどきにお腹いっぱいになっては

午後からの仕事に支障をきたすというもの。

さっと食べられて腹八分目というのが、

江戸っ子のおやつスタイルでした。

博士 :

ずっと遡って縄文時代には、

おやつには栗、柿、桃などの果物のほか、

一口大に押しつぶして焼いた

山芋や里芋などが食べられていたようじゃ。

やがて縄文時代の後期に稲作が始まると、

餅やせんべいに近いもんが

食べられるようになったんじゃな。

もっとも、

このころは「おやつ」というよりは

主食として食べられていたようじゃ。